たぴ岡文庫

今宵も語る、どこかの誰かの物語

小説「虚無」

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 僕は今日「虚無という日」を生きた。

 手のひらの中にも、このポケットの中にも、君の顔にも、虚無があった。何もなかったんじゃないさ。そこにはただひとつ、確かに虚無があったんだ。

 ほら、君はそう言うと思った。そんなものあるわけないって言いたいんだろう? でもね、君が何と言おうと、そこには虚無があったんだ。僕は見た。僕は朝からずっと、虚無とともに過ごした。

 大好きな音楽にも、大好きな絵画にも、何も感じたりしなかった。いつもなら喜怒哀楽が詰まっているはずなのに、そこには何もなかったんだ。

 矛盾してるって? うるさいなぁ。ここでは僕が言ったことだけが正解なんだ。虚無はあったけど、僕は愛するものに何も感じなかった。これが正解さ。

 あれ、ところで音楽って何だったっけ? それは山とか崖とか、つまり自然に関わるものだったかな。僕はどうしてそんなものが好きだったんだっけ。

 真っ白だ、何もかもが。僕の頭の中だって、僕の服だって、この部屋だって、君だって。何の色もない。

 いや、白という色があるのか。そうだよね、白は光の三原色。つまり、赤や青、緑を使って作られる。だから色がない訳じゃない。確かにそこには三色があるんだ。そうして白ができる。ほらね、白は無じゃないってことになる。

 ところで、色って何だったっけ? 光の三原色だなんて、どうして僕からそんな言葉が出てきたのかな。もしかしてそれって、僕の好きな絵画ってやつに関係するのかな。でも、絵画が何だかわからなくなってしまった。

 あぁ、ごめんね。話が逸れていたみたいだ。僕は少し気になることがあると、とことん気にしてしまうんだ。大抵のことは正解まで辿り着かずに終わってしまうけれど。

 でも、正解って何なんだろうね。あぁ、待って。今回は失くしたんじゃない。正解って言葉の意味はわかっているつもりさ。ただ、本当に存在するものなのかなって、思っただけだよ。人の数だけ正解があってもおかしくない。だったら、僕のこの生き方も正解ってことでいいのかい? そうだとしたら、嬉しいな。

 ところで、最初の話に戻るんだけど、虚無って何なんだろう? 僕の手のひらを見ても、ポケットを見ても、何もないんだ。ただ、君には顔がある。共通するものが正解かと思ったけど、共通点なんてひとつもない。

 冒頭の僕は何を考えていたんだろうね。頭が真っ白で何もなかったんだ。

 いやいや、違う、違うよね。さっきも言ったように、白っていうのはいろんな色が混ざっていて。何もないという表現は適切ではない。てことは、色っていうのはつまり、何ものなんだ? 固体ではなさそうだね。液体か気体か、それとも全く別のものか。

 あぁ、まただ。ごめんね、今日は特別君を困らせてばかりだ。すまない。

 ところで、君は誰だい?