小説「恋する君の」
「好きな人ができた」
君は言った。
例えば、知っていても気付きたくないことがある。それは僕の気持ちの話であり、君の心の話でもある。君があの子のことを好きだと、僕は知っていた。だってあの子を見る君の熱心な瞳や、優しいその姿勢を、嫌という程たくさん感じてきたから。僕が知らない訳がない。
でも、そんなの君の口から聞きたくなかった。一番君の近くに、そばにいる僕を見てくれなかったこの真実に、気付きたくなかったんだ。
わかっているよ。君の瞳には僕が永遠に映らないんだってことは。僕は幼馴染で、君の日常の一部で、家族みたいなもので。これだって大きな理由かもしれない。でも、そういうことじゃないんだろうなって、僕は気付いてしまっている。わかりきったことなんだ。
「そっか、その人はいい人なのかい?」
心が悲鳴をあげていたって、関係ない。僕の幸せは、君の幸せなんだから。君が笑うなら、僕も笑おう。君が嬉しいのなら、僕だって嬉しいんだよ。心の底から喜んでいるはずなんだ、僕は。そうだよ、そうに違いないんだ。
「そりゃあ、いい人に決まってるじゃん」
愛を知った君の笑顔は美しい。恋を知った君の瞳は輝きを増した。
ふわりと君の短い髪を揺らした風は、僕の頬を撫でやしない。
「聞いてよ、あの子の笑顔が眩しくってさ」
君の方が。そう言いたかったけど、僕にはそれができない。勇気がないから。自信がないから。僕には君を愛する資格がないから。
「応援するよ、きっと上手くいく」
君を諦めることなんて、きっと一生できない。けど、本当に君の幸せを願うのなら、僕も覚悟を決めなくちゃ。
精一杯の微笑みを見せて。明るく見せて。涙なんて流しちゃいけない。
「ありがとう。お前に言われたらなんかそんな気もするんだよな。俺、頑張ってみるよ」
あぁ、恋する君は美しいよ。