たぴ岡文庫

今宵も語る、どこかの誰かの物語

小説「雨にうたれて」

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「もう、君とは会えない」

 そんな冷たい言葉で突き放された。私の鼓膜を震わせたのは、貴方の声なんかじゃない。ただの機械音。どうして直接言ってくれなかったの。とめどなくあふれるこの感情は、貴方に届きもしない。落ちていくだけ。私も一緒に底まで連れて行く。

 苦しくてたまらない。息ができない。喉につまった石は大きくなっていく。私はもう生きられない。

 腕が勝手に窓を開ける。もうこれは私のものじゃなくなった。意思に構わず動く。貴方に愛を囁くための声帯は、固まってしまった。声なんて出ない。全てを失った。貴方への愛情が、貴方への感情が、私の全てが溢れ出る、暴れる、失われる。もうこれ以上、何もできない。私はもう、私じゃない。

「好きだ」なんて、そんな三文字で伝えきれるような想いじゃなかった。毎晩のように貴方の瞳を見つめて告げたこの言葉じゃ、全然足りなかったのに。もう、言うことも許されないの?

 私の身体を流れる血液は貴方のために。私の思考も貴方のために。私の中も外も全部、貴方のために。私には貴方が必要なの。貴方が全てなの。そうなのに。

 でも、本当は気付いていた。貴方の中心にいるのは私なんかじゃないって。きっと私はただの都合のいい女で、本命は他にいるんだって。知ってたの。私を見つめる貴方の瞳の中に、本物の愛なんて感じられなかったから。熱く燃える炎なんて見えなかったから。遊び、なんだろうなって。

 それでも良かった。貴方が私にくれる幸せは、どんなものよりも美しかった。輝いていた。私の人生は反転したの。貴方こそが生きる希望だった。愛していた。今も、まだ、愛しているの。

 ごめんね、こんなこと、もう終わらせるべきだよね。そうだよね。終わらせよう。やめよう。

 貴方への愛は残さず飲み込んで、貴方との記憶はしまい込んで、貴方の温度を包み込んで。何もかも、なくさないように。忘れないように。

 最後にね、ひとつ聞いて欲しい。貴方に聞こえていないことはわかっている。それでも、どうしても、言わせて欲しいの。昔、貴方に話した私の夢のこと。貴方と二人でやりたかったことだけど、それはもう叶わないこと。だからね、それを一人で叶えるんだよ。覚えてるかな。私ね、空を飛びたいって言ったの。本当は真っ青で綺麗な空が良かったけど、もう今はどんな空だっていいわ。

 窓を叩くこの雨はきっと、貴方の涙。全部受け止めるわ。だって、本当に愛しているから。昔も今も、そしてこれからだって。

 あぁ、素敵!

 これで私は貴方の一部になれるの。嬉しい。素敵。楽しくてたまらない。愛しているわ。愛してる愛してる愛してる!

 貴方は昔、言ってたよね。永遠なんて存在しないって。でもね、ほら。私と貴方のこの記憶は永遠なの。私の愛は永遠なの。貴方がくれた幸せは永遠なんだよ。

 ありがとう、大好きよ。

 さよなら。