たぴ岡文庫

今宵も語る、どこかの誰かの物語

小説「消しゴム」

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 おかしいと思う。クラスのみんなは、好きな子の名前を緑のボールペンで新品の消しゴムの右下に書いて、「おまじないなんだ」なんて恥ずかしそうに笑うけれど、それはおかしい。だってそれってつまり、好きなわ子の魂をそれに詰め込んで酷使する、ってことになるはずだから。だってそうしたら魂が削られていって、最後にはその子が死んでしまうはずだから。

 大好きで大好きで堪らなくて殺したい、と思ったから命を削るの? それとも、好きだとは言ってみたけど、本当は大嫌いで死んで欲しいから嘘をつくの? 私には何も理解出来ない。

 だからって私が勝手に嫌いな人の名前を削っていれば、見つかったときに揶揄われるのは目に見えている。「あの子のこと好きだったんだ、知らなかった!」だとか、「え、意外! 嫌ってるんだと思ってた」だとか、そんなことを言われるに違いない。でもきっと私は仮面をつけてその子たちに笑いかける。それは私が女の子だから。これが暗黙の了解だから。

 同じ幼稚園で仲の良かった友人にも聞いてみた。あのおまじないはどの小学校でも流行っているらしい。なんなら彼女はそのおまじないによって幸せを掴んだひとりなんだとか。

 あの頃は、私たちの間に入れる子なんていないくらいの大親友だった。それが、違う学校に進んだ途端、全て流れて消えた。今はもうあの子が嫌いだ。興味も関心もない。

 一ヶ月に一度だけ、彼女と手紙を送りあっている。その中には今回のおまじないのことも、彼氏ができたことも、初めて手を繋いだことも書かれていた。けれど私は何も感じなかった。それを伝えて何がしたいのか、全くわからなかった。

 紙の上で踊っている炭素の塊は簡単に消せる。それなのに現実のこの世界に浮かんでいる面倒くさい人間関係だの、不安定な感情だの、そんなものはさっとなくせるものではない。

 書いては消して、書いては消して。鉛筆や消しゴムが折れそうになるくらいの力を込めて。でも何も消えない。紙に残った跡を見つめながら、自分の中の感情が薄くなっているのに気付いてしまった。あれもこれも全部、何もかも全て、あの子のせいだ。許せない。許してはいけない。

 だから私は、消しゴムにあの子の名前を書いた。

 

け【消しゴム】結局は何も消してくれない

 

カクヨムけ【消しゴム】 - 五十音短編集(たぴ岡) - カクヨム (kakuyomu.jp)