たぴ岡文庫

今宵も語る、どこかの誰かの物語

小説「コマ」

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 まだ幼い少年は、どの壁も黒く塗られている部屋にひとりぼっちだった。あまりにもやることがなさすぎる。彼は大の字になって、真っ黒な天井を見上げ続けていた。

 あるとき、目を覚ました彼は唐突にむくりと起き上がった。いいことを思いついたのだ。遊ぶものがないなら、楽しいことがないなら、自分で作ればいいじゃないかと。どこを見ても黒いこの部屋に、何らかのものを創り出せばいいじゃないかと。

 彼は目を閉じて考える。まずは何を作ろうか。何があれば暇を潰せるだろうか。一度、部屋を見回してみる。面白いものなど何ひとつない、ただの空白だ。いや、黒いから空黒か? くだらないとは思いながら、ひとり自嘲気味に笑う。

 少年は初めの遊びを決めた。

「まず部屋を黒から変えよう」

 パンとひとつ手を鳴らすと、黒かった壁紙は目に眩しいほどの白に変わった。満足そうに頷きながら壁を撫でる少年。この変化を楽しみながら、次は何をしようかと考えているのだ。

「そうだな、ぼくの遊び相手が必要だ」

 その姿に対して言葉をしっかりと紡いでいく少年の様子は、まるで何年も何百年もそのまま過ごしてきたかのように感じさせるものがある。彼は小さく微笑むと、大きく瞬きをした。するとどうだろう、何もなかったはずの部屋いっぱいに様々なぬいぐるみや人形が現れた。

「うんうん、上出来だ」

 彼はかわいらしいおもちゃたちと戯れ始めた。それはそれは、ただの子どものように。

 最初に抱き上げたのは、大きくてもふもふのテディベア。続いて近くにあったあみぐるみを持ち上げると、ふたつを激しくぶつけ合った。「なるほど」と、彼は小さくもらして、テディベアの方を消した。消した、というのは少年の手の中、そこにあったはずのテディベアが一瞬のうちに消滅したのだ。それ以外の表現はできない。

「じゃあ、これでどうかな」

 パチンと指を鳴らすと、おもちゃたちは勝手に動き始めた。

「うん、こっちの方がおもしろい」

 おもちゃたちは互いにぶつかり合っては片方が消えていき、手を取り合えば新しい人形やぬいぐるみが出現していく。小さかったはずのコケシが徐々に大きくなっていたり、柔らかい素材でできていたはずのものが石になっていたり。少しでも目を離してしまえば、この小さな世界の全ては変化する。ここでは少年が全てで、少年こそがルールであるらしい。

 彼は手に持っていたものを落とすと、ふわりと浮いた。先程までと同じように、自分の願いを容易に叶えたらしい。

 彼は上からそれらを見下ろしながら、口許を緩ませる。おもちゃたちの争いごとを見て、楽しんでいるようだった。しかしその争いは一方的な暴力にも見えた。大きくて硬度のあるものたちが勝ち残り、小さいものたちや綿でできたものたちは四隅に隠れているか、もしくは戦いを避けるようにしているからだ。

 弱いものいじめは、見ていて面白くない。少年は腕を組んで考えるような仕草をすると、思いついたように手をポンと叩いた。

「もっとおもしろくしよう。こんなのはどうかな」

 彼はポケットからキラキラと輝く粉を取り出し、その部屋にパラパラと振りまいた。すると粉はみるみる別の物へと変化していく。弱いものたちのもとへ舞い降りながら。ふふ、と小さく笑いながら見守る少年。ひとりの大きなぬいぐるみは立ち上がる。手には、かわいらしいその姿には似合いそうもない剣を持って。

「さあ、もっともっとぼくを楽しませておくれ」

 少年は今しがた始まってしまったおもちゃの戦争を、楽しそうに頷きながら眺めていた。

 

こ【コマ】神々の遊びに使われる人間のこと

 

カクヨムこ【コマ】 - 五十音短編集(たぴ岡) - カクヨム (kakuyomu.jp)