たぴ岡文庫

今宵も語る、どこかの誰かの物語

小説「永遠」

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 私はたぶん、もう少しで力尽きる。だってもうこんなにも血溜まりが広がっていて、こんなにも肺に空気が入らなくて、こんなにも息が苦しくて、こんなにも脳だけがハッキリしてる。終わりが近いことを予感する。

 あぁ、こんなことならあの子と喧嘩なんてしなかったのに。些細なことでイラついたっていつもは、落ち着け落ち着けって自分に言い聞かせて、結局は私が謝って、最後にあの子が笑う。そうだったじゃない。

 それなのにどうして私は。

 後悔が止まらない。もしあのとき、もしあのシーンで、もしあの言葉を。そうやって私の周りを if が取り囲み、手を繋いでクルクル踊る。その顔には薄気味悪い笑みを浮かべて。

 そこにいないはずのあの子が見える。私の瞳を覗いている。いつもの夜みたいにそうやって眉を下げて、心配そうにこう言うんだ。

「ねぇ、大丈夫?」 

 声も聞こえるなんて、やっぱり私はもうすぐ死ぬんだ。そうだ。でも仕方ないよね。喧嘩して家を飛び出して、それで信号無視してトラックにぶつかるなんてさ、自業自得にも程があるよね。ごめんね。あの子にも謝れずに終わるなんて、この世界は容赦ないな。

 でも最後に一度でいいから、キスが欲しかった。あの子と一緒に過ごすようになってから、まだ一度も唇に触れてなかった。こんなにも愛しているのに。

 あなたに届けられそうもないけれど、私の言葉を残させて。

 私が謝らなかったことや怒ったことの後悔は、たぶん消えない。あなたが私の墓の前で、どうしてあんな最期になっちゃったの、って泣く姿が目に浮かぶ。ごめんね、本当にごめんね、ってずっと謝罪を続ける姿が。そんなの、後悔しない訳がない。

 でもね、あなたを愛してるっていうこの感情も一生消えないよ。あなたが私を克服して、次に素敵な人を見つけても、私はまだあなたを愛してると思う。たぶんこの先あなたが事故にあっても、衰弱しても、この気持ちは変わらない。ずっとずっと、世界が終わるその時まで。いや、その先だってこの気持ちは消えないかもしれない。

 最後の力を振り絞って、身体の向きを変え、空を見つめる。さっきまで晴れていたはずのその青が、グレーに濁ってきている。感覚が鈍っていたから気付かなかったけれど、この頬を叩いているのは優しい雨だ。起きろって言っているの、私に?

 あぁ、そんなこと、もう無理だよ。わかるんだ、自分で。もうとっくに限界なんてきていて、なんでまだ意識があるのかわからない。

 目を閉じてすぐそこにいるあの子の頬に手を添える。ごめんね、こんな恋人で。ずっとずっと大好きだったよ。

 

え【永遠】終わりが来ない/死を迎えても終わらない

 

カクヨムえ【永遠】 - 五十音短編集(たぴ岡) - カクヨム (kakuyomu.jp)